１９９６年３月中旬。私は厚岸を訪れた。厚岸は北海道の東部に位置する町で、根室と釧路のちょうど中間あたりにある海辺の町である。牡蠣の養殖で有名な町で、カキ飯の駅弁は名物となっている。
さて、私はここを北海道卒業旅行の一環として友人と二人で訪れた。その日の朝、根室で納沙布岬を見た後、根室本線（本線といっても根室釧路直通は日に４往復しかないようなのでご注意）に乗って釧路に向かう途中、昼食に牡蠣を食べようと途中下車したのであった。友人がインターネットで情報を収集してくれた結果（その頃私はインターネットをまだやっておらず、その友人を尊敬した）、厚岸の駅のすぐそばに殻付きの牡蠣を焼いて食べれるところがあるらしかった。しかも、安いとのことであった。なるほど、そんな体験は旅の途中でしかできないなということで勇んで厚岸に来たのであった。
さて、私は大学の学生生活を仙台で過ごしたが、仙台も牡蠣が名産である事は周知の通りであろう。牡蠣と言えば広島か仙台というイメージが一般的であるかもしれない。しかし、厚岸も牡蠣に関してはかなり有名らしい（私の記憶が正しければ仙台あたりから移植されたものとのことだったような気がするが・・・）。厚岸はものの説明によれば牡蠣の養殖に向いているらしい。仙台に住んでいた私であったがなにせ学生生活であり、また、地元の身近さから牡蠣というものは名産でありながら結構高いということもあってなかなか食べることはなかったが、それでも牡蠣に関しては興味があり、ちょっと食べ比べて見ようなんていう心境であった。
さて、厚岸の駅のすぐそばに殻付きの牡蠣を焼いて食べれるところとは、厚岸味覚ターミナルコンキリエといういわゆる道の駅であった。まあ、厚岸駅から徒歩で１０分強くらいだったと思う。さて、そこでは確かに殻付き牡蠣を焼いて食べることができた。店の外にごく小さな市場のような感じで牡蠣を中心として魚介類などが売られていてそれを買って会計をすました後、店の中に入って焼き肉屋のような感じのグリルで焼いて食べるのである（追加して外で買ってきて食べることも可能で、席料というのも少しはかかったがたいした額ではなかったと思う）。殻付き牡蠣はそのまま焼いて、口を開けたところでへらのようなものでこじって食べるのであるが、その時殻の中に溜まっている汁が美味しいとのことであった。確かに、その汁は結構美味しかったし殻付きの牡蠣でないと味わえないという有り難さもあった（ちなみに殻付き牡蠣を食べるのはこのとき初めてであった。以前は生牡蠣やフライは食べたことはあったが）。
牡蠣は美味しかったが、その時私の心には一つの思惑が渦巻いていた。殻付きの牡蠣は確か一個１００円だったが、どうせ一個一個が同じ値段であるならば中の身が大きい物が欲しいということであった。でもなかなか思惑通りにはいかず、大きな身にはあたれずにいたが、反面、友人のほうはでっかい身の牡蠣を引き当てたりしていた（これはただ隣の芝は青い形式の感じ方ではなく客観的にも大きかった）。私も負けじと大きな牡蠣を選んでくるのだが、ふたを開けてみると殻ばかり大きくて中身が小さいのが続いた（少なくともそう感じた）。反面、友人のほうはそんなに大きくないのを選んでいたが、中身が大きいのが続いていた（少なくともそう感じた）。
ここで私の得た経験的法則は、牡蠣の殻の大きさと中身の大きさは反比例するか少なくとも比例していないということである。
そんな経験則を得ていた私であったが、その時は何かいろいろな事を考えていたような気がする。正確に覚えているわけではないが、例えば、俺って欲深いのかなあ？やっぱ物ごと外見にこだわっちゃいけないよなあ、外見よりも中身ってことを示しているよなあ、でも、俺ってやっぱ外見から入るところがあるしそんなこっちゃいけないよなあ、だからもてないのかなあ？でもやっぱ無欲の勝利ってこともあるし、人生は無欲に生きていかなくちゃね、なんて感じのことだったと思う。なんか、牡蠣一つで自分の性格形成から人生まで語ってしまっていたようだ。
何かすごく非科学的な思考過程であるし、実際牡蠣の殻と中身に何らかの相関関係があるかどうかも知らないが、心情的な面ではそんなことがあったような気がする。しかし、外見と中身という面に関しては、私は確かに外見から入る面があるのかもしれない。ドラマ等で女優等の好みに関して母親から「あんた美人が好きなのね」と言われたこともある。かっこつけて、人間は中身だよなんていう型通りの事を言おうとは思わない。やっぱ会ってハッとするのもまずは外見だろうし、内面が外見ににじみだしていることだって往々にしてあると思う。であるからして、外見から入ることが一概に悪いとは思えないし結構そんな事は多いのかもしれないと思うところである。
ちょっと、旅の話から脱線したが、厚岸の殻付きの牡蠣はうまかったという事は事実であろう。厚岸の殻付き牡蠣は、旅の味覚として、かつ、以上のような心理過程もあいまって非常に印象深いものとして私の心に残っている。